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読者からのコメント

※現在はコメントの受付をしておりません。

2012年8月30日~2013年6月27日のコメント

壱蔵
2013年06月27日 07:00

「偽文士日碌」、昨晩購入いたしました!

筒井先生の本は、発売日にゲットするのが常です。
Web版が更新されるたびに読んできましたが、こうやって1冊にまとまってみると、感激もひとしおです。

「腹立半分日記」「日日不穏」「幾たびもDIARY」。そして、「偽文士日碌」
実に感慨深いですねぇ…。

これからじっくりと堪能させていただきたいと思います。

「腹立半分日記」から45年。輝き続ける日記文学の極。「偽文士日碌」ゲット!
http://d.hatena.ne.jp/ICHIZO/20130627/p1


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三原和秋
2013年06月26日 19:53

聖痕はまだ最初の方しか読んでいないが土曜日に偽文士日碌を読む計画です。
なお、ハンドルの三原は活火山の三原山の事です。
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mor
2013年06月19日 16:31

管理人です。

6月26日に、「偽文士日碌」が角川書店より発売されます!
実は、単行本には、当ブログには掲載されなかった回も収録されています!

二〇〇九年 三月十七日(火)
> いずれこの日記が本になる時には「新潮」掲載分も組み込まれ
> ることになるだろう。
>

こちらの予告通りに、書籍化にあたって追加収録されたのは、

2009年3月19日~25日(「新潮」2010年3月号 掲載分)
2010年12月30日~2011年1月8日(「yom yom」2011年3月号 掲載分)

です。
まさに「偽文士日碌(完全版)」ですね。

私も楽しみにしております!


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三原和秋 
2013年06月18日 16:22

 先日、筒井康隆氏の講演会を初めて聞きました。講演会が始まる前に先生のサイン入りの聖痕を購入しました。とても緊張しました。

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アンディ
2013年06月15日 22:53

《『聖痕』出版記念講演会》に行って来ました

本日2013.6.15、筒井先生の講演会へ行って来ました。
爆笑を誘う場面もあり、お話の内容も面白くてあっという間の一時間弱でした。

質問に答えるという形で語られた『聖痕』についてのお話は、
私にとって作品を読み解く衝撃と言っていいほどのヒントと示唆に満ちておりました。
もうすでにインタヴューやなにやかやで先生自身が語られているかもしれませんが、
私自身の整理もかねて記させて頂きます。

******************

まず、この作品では小説の技術や作法を超えたかった、ということでした。
その例として、

登場人物の科白に「」が無いこと、
同じ段落内で複数の人物の「」の無い科白のやり取り、
そして(書き手の)視点の移動。

そういえば、冒頭の貴夫が誕生する場面などは貴夫自身が語っているのか作家が語っているのか過去形なのか現在形なのか判然とせず、
何やら足元をすくわれるような不思議な感覚を覚えます。
また、貴夫が事件に遭うシーンでは同じ文の中で「貴夫」「男の子」と記し方が変わるのですが、
これなどは「視点の移動」なのかもしれません。

古語については、注釈の付いてないそれ(古語)らしい言葉は先生の造語らしいです。
読者を惑乱させようという気持ちもあったそうですが、古語のパロディともいえますね。
また丹念に読み返して「偽古語」を探すのが楽しみです。
逆に現代語のような古語も使われていて「乱舞(らっぷ)」などはその一つ。
先生が言われる「古語の魅力」が少しわかった気がします。
そして私が最も感銘を受けた古語に関しての先生の言葉なのですが、
「今ではほとんど使われていない古語もある。
そういった言葉をこうして「物語り」の中で再使用して、
それが違う意味で使われてもいい、
「現代の言葉」として再生すればいいと思うのです。
言葉というものはそういうものだと私は考えています」
と言われました。
言語というものをずっと追求してきた先生の一つの答えがこの『聖痕』なのだなあ、と思いました。

********************

瑠璃のその後を描いた続編の可能性は?という質問に、
「『聖痕』はクロニクル(年代記)で、もし瑠璃の成長を描くとしたらそれはSFになる。
何が起こるか予測出来ない現代でもあるし、『聖痕』の続編はありません」
とキッパリ明言されました。
しかしファンとしては読んでみたいですね、瑠璃の物語り。
そうそう、今までクロニクルを書いてないので挑戦してみたが、
自分にはまったく向いていないのがわかった、とも言っておられました。
本にするにあたってそういった時代考証?的な部分の手直しも結構されたようです。

そしてファンなら誰もが気にしているであろう、これが本当に「最後の長編」になるのか?という質問。
これには「常に、これが最後になるかもしれない、と思ってそのつもりで書いているということです」との答え。
ああやって明言して自分を追い込んでもおられるのだと思います。
ですからおそらく次の「最後の作品」も書かれるに違いありません、いや絶対にそうだ、そうに決まった(笑)。

*********************

なにかいろいろと大切なことを書き落としている気がしますがこのへんで。
もし他にも参加された方がおられて上記に間違いなど気付かれましたら御指摘をお願い致します。

(文中の先生の言葉は、記憶に基づいて自分なりに再構成したものです、悪しからず)

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100円の大根
2013年06月01日 13:52

 「聖痕」購入しました。やはり伸輔画伯の力作カラーイラストが無いのは非常に残念でした。ま、ネット版のページを保存しているのでいっかな。

 絶版になった長編は当然全て所有しているのですが、未収録作品の収録には大いに触手がうごくところでございます。本音を言えば、未収録作品だけで一冊にしていただけるのが望ましいのですが。

 「筒井康隆との遭遇」楽しみに待っています。今の世の中、日本で作家多しといえども、個人の特集を組めるのは司馬遼太郎先生と筒井先生ぐらいではないのでしょうか。

 えー、余談ですが、5月13日の「ガリレオ」を見た方もいると思われますが、作品に出てきた一部が私の勤務地でロケを行われまして。以前、嵐の二宮が来たときほど厳しい緘口令が敷かれなかったのでまさか福山本人が来るとは思いませんでした。
 尤も私にとっては1000人の福山より1人の筒井先生の方が遥かに大事なのは言うまでも御座いません。
 対不起。
 謝々。
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アンディ
2013年05月31日 23:00

管理人様、ありがとうございます。
私は『聖痕』の連載が始まってからこのサイトを知り、
日記もその辺りから読ませて頂いているので、
『聖痕』に関する日記をこのように纏めて頂いたのはとてもありがたいことです。
ここにも書かせて頂いたのですが、
私は『聖痕』は震災のことを書かれた作品で、
さらにあの震災による疵を先生は「聖痕」と名付けられたのではないかと思いました。
大きな間違いでした。
震災前から着想され、さらにタイトルも早くに決めておられたのですね。
しかし何だかやはり一筋縄ではいかない作品だと分かり逆にワクワクしております。
15日の講演に参加、本も会場で購入させて頂きます。
それまでしっかり勉強させて頂きます(笑い)。

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mor
2013年05月31日 13:25

管理人です。

本日は、「聖痕」の発売日です!

そこで、偽文士日碌にて 「聖痕」及び「枕詞逆引き辞典」に関する話題が
登場した回の一覧を作成してみました。
来たる 6/15 の朝日カルチャーセンター「『聖痕』出版記念講演会」に参加される方も、
予習に(?)どうぞ!

日付をクリックすると、新しいウインドウでその回が表示されます。


二〇一〇年 一月二日(土)
> 次第に妄想が一定の形態をとりはじめたので、しめしめと思う…

二〇一〇年 一月八日(金)
> 昨日までに長篇の最初の部分を三十枚ほど書いたものの…

二〇一〇年 二月十三日(土)
> 作家が小説を書かないでどうする。そんな内心の声に急かされて…

二〇一〇年 三月十八日(木)
> タイトルを「聖痕」とする…

二〇一〇年 三月二十九日(月)
> 小説の続きはいつ書けることやらわからない…

二〇一〇年 五月六日(木)
> 八ヶ月かかって百枚とは遅筆もいいところだ…

二〇一〇年 七月二十九日(木)
> 今日書き直してみると案外簡単だったので、執筆を再開する…

二〇一〇年 十月十二日(火)
> 現在執筆を中断している理由は、どうしても取材が必要になって…

二〇一〇年 十二月六日(月)
> 一澤ひらりは新作長篇について聞きたがったが…


二〇一一年 一月三十一日(月)
> しかたがない。あちこち調べて自分で作ることにした…

二〇一一年 二月十日(木)
> これまた現在書いている長篇とアイディアが重複する…

二〇一一年 二月十三日(日)
> ピンスポットの中に立たされ、今書いて いる長篇のことなどを…

二〇一一年 二月十八日(金)
> いつの 間にか古文が読めるようになっていたことに気づき、それならば…

二〇一一年 三月三日(木)
> 「枕詞逆引き辞典」が、たった一か月で仕上ってしまった…

二〇一一年 四月十一日(月)
> 「枕詞逆引き辞典」はこの「笑犬楼大通り」で…

二〇一一年 五月十八日(水)
> 東京のマックが不具合だ。「聖痕」のファイルが開かなくなったのである…

二〇一一年 六月七日(火)
> マックは壊れていず、何らかの理由で長篇原稿が開かないだけと…

二〇一一年 六月十日(金)
> ルビはなくなっていたが、保存していた文を開いた文と突きあわせてくれて…

二〇一一年 七月七日(木)
> とにかくすべては発表先未定の長篇「聖痕」の嫁入り先次第なのである…

二〇一一年 八月二日(火)
> 「枕詞逆引辞典」がいよいよ明後日・四日から…

二〇一一年 十二月二十二日(木)
> えんえんと書き綴っている長篇のことや…


二〇一二年 六月一日(金)
> 伸輔から電話があり、プリントアウトしてあった「聖痕」を読んで発見した…

二〇一二年 六月二十九日(金)
> 朝日新聞朝刊への連載が急遽決定した…

二〇一二年 七月三日(火)
> 「聖痕」を新聞連載用に調整する。何しろ改行の少ない作品だから…

二〇一二年 七月十二日(木)
> 自分の小説の載った紙面を有料で見るというのもおかしなものだ…

二〇一二年 七月二十六日(木)
> 「夜驚」にルビがなく「入口」にルビがあるのはおかしいのだが…

二〇一二年 八月二十八日(火)
> 桐野夏生は「最初にあれを読みます」と言ってくれたが…

二〇一二年 八月二十九日(水)
> なんと元NHK会長の海老沢勝二ではないか…

二〇一二年 九月二十四日(月)
> オリンピックの長距離ランナーと一緒で孤独な長丁場だから…

二〇一二年 九月二十六日(水)
> 貴夫がパリへ行くというのに、まだ彼に監修を頼んでいなかったことに気づき…

二〇一二年 十一月八日(木)
> 大江さんは「丸谷さんの『市民小説』の、市民としての人格の達成が貴夫にも…

二〇一二年 十一月九日(金)
> 「聖痕」の方は新聞社や印刷所の正月休みがあるため早いめにまとめて…


二〇一三年 一月十七日(木)
> 何日か前、「聖痕」の組見本を五、六通り送ってくれていたのだが…

二〇一三年 三月一日(金)
> 「聖痕」の完結を機に以前朝日新聞で連載した「朝のガスパール」などを…

二〇一三年 三月二十八日(木)
> 「聖痕」の連載が終了したので、今夜は打上げの会食である…

二〇一三年 四月二十五日(木)
> 朝日カルチャーセンターで講演しなければならなくなった…


以上です。ぜひご覧ください!


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三原和秋
2013年05月26日 06:25

 途中までしか読めなかったビアンカ・オーバー・スタディーをやっと図書館で借りる事ができました。粗筋を覚えていないので初めから読む事になります。太田が悪い。
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けおら
2013年04月22日 21:46

 先月ふと思い立って、六甲山ホテルに泊まりにいきました。
 神戸に降りるの自体が初めてで、ポートタワーに上ってみたり、風月堂でゴーフル買ってみたりと、お上りさん丸出しの貧乏旅行。

 ホテルの送迎バスで駅前から上って行くのですが、急坂が延々と続くのに、かなりの高度までマンション群が押し寄せていて、そこからいきなり箱根の山中の様になるのが印象的でした。
 関東でいうと、海から順に、東京+横浜関内的な市街地→横浜の山側の住宅地→箱根の山中みたいなイメージで、それが車で40分くらいの距離に圧縮されているのです。
 御大が仰ったのでしたか、「海に転げ落ちそうにして、六甲山に張り付いてる街」という表現がぴったり。
 六甲山ホテル自体も古風な雰囲気の良いホテルでしたが、ホテルの展望台からの夜景が素晴らしかった。強風で春霞が飛ばされて、街の明かりや瀬戸内海の船の明かりがクッキリ見えました。その代わり強烈な寒さで、5分と持たず部屋へ逃げ帰ったのですが。

 翌日は一転、暖かな春の日。
 近くの六甲山牧場で半日、ぼうーっと瀬戸内海を眺めて過ごしました。山の斜面の園内を、羊たちが闊歩する長閑な環境にひたり、都会と田舎の良いとこ取りの様な神戸の心地よさに、(将来小金持ちになれたら、俺も移り住みたいものだなぁ)等と妄想。
 (今俺が住んでる静岡も大変良いところだが、地震や噴火、津波が間近に迫っているし、神戸はもう大丈夫だろうし、、、)
 と、そこまで妄想したところで、
(そうか、、、眼下のあの街で、5000人も死んだんだな、、、)と思い至りました。それから、(もう18年も経つのか)とも。

 前日ウロウロした神戸の街には、あの震災を想像させるモノは特に無く、
 (人の死を忘れることで、物事は前へ進んで行くものなのか)
 (俺もいつか、身内の死を忘れて前進するのか)
 (いやきっと神戸の地下にも、忘れられぬ記憶が埋まってるのだろうなぁ)
 と、またも鬱気分をぶりかえしつつ帰途につきました。

 そして今月、淡路でまさかの震度6。
 死者の出なかった事は幸いで有りましたが、方々で次々に大地震が頻発し、いよいよ静岡も、、。と改めて感じております。
 とは言うものの、自身の生き残りのイメージ、そして死の覚悟を常に保持する困難さよ。
 やはり凡人は、自分を騙し騙し、いろいろ忘れて生きていくものでありましょうか、、、。

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100円の大根
2013年03月17日 14:49

 連載終了お疲れ様でした。
 と、言っても小説のほうは連載開始時には完成していたのですから、一番お疲れ様でしたのは238枚のカラーイラストを描かれた伸輔画伯だと思います。
 これからも長編小説を書かれた際には漏れなく朝日新聞に連載していただけないでしょうか。

 連載時には次の展開を予想しながら読むのも楽しみだったのですが、ことごとくハズレてしまいました。ちなみにどんな予想をしたのかと言いますと、

 ①貴夫の実家に移った瑠璃が金丸の似顔絵を発見し、貴夫の秘密を知って、犯人捜しに活躍する(名探偵ルリ編)。
 ②貴夫が金丸を発見して復讐に金丸を生きたまま蝋人形に変える(デーモン貴夫編)。
 ③橘巳之助老の助力を得て政界に進出して日本のトップを目指す(汚れた聖痕-野望編-)。

 等でした。唯一当たったのはホルマリン漬けだけでした。

 単行本にする際には嘘でもいいので、大幅に加筆修正しましたと書いてにただければ嬉しいです。
 対不起。
 謝々。
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埼玉の酔仙
2013年03月14日 19:00

【聖痕とカタリ派について】

「聖痕」無事完結しました。筒井師と伸輔さまにはお疲れさまでした。
あわせて、おめでとうを申し上げます。

たまたま別のスレで、「富柏村日剰」というブログにいきあたりました。
早々と、偽文士日碌での山下洋輔氏泥酔の話に続いて、「聖痕」の完結に
ついてのコメントが縷々述べられていました。在香港のオールドツツイスト
であろうかと推察されますが、さすがにツツイストの網は世界中に張り
巡らされているようです。

酔仙はこの完結にあたり、特に最後の金杉君の長広舌から、かの南仏の異端
カタリ派を強烈に連想しました。現世を悪ととらえ、肉と生殖を否定し、
去勢者を指導者(完徳者)と仰いで、教皇庁とフランス王に抵抗し、
ついに、1244年、最後の砦モンセギュール陥落によりすべての教徒が
焚殺されました。酔仙は、堀田善衛「路上の人」からカタリ派を知りました。

筒井師もまた、この異端カタリ派から大いに着想を得られたのでは
なかろうかと、ひそかに考えている次第です。

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アンディ
2013年03月14日 23:51

ウィキペディアの解説
【聖痕】
聖痕(せいこん)は、イエス・キリストが磔刑となった際についたとされる傷、
また何らかの科学的に説明できない力によって信者らの身体に現れるとされる類似の傷をいう。

デジタル大辞泉の解説
【贖罪の羊】
旧約聖書では、犠牲として神に捧げられる羊。人類の罪を身代わりとして負う象徴とされた。
新約聖書では、自己を犠牲として人類の罪を負ったキリストをさす。


**********


拝啓、筒井康隆様。


『聖痕』完結、おめでとうございます。

早速ですが妄想半分の感想を語らせてください。
この思いを語らずにはいられないのです。

正直に言いまして『聖痕』は貴夫が受ける運命以外はショッキングな事件もなく、
また先生の作風には珍しく実際の現実を舞台に淡々と物語が進むので過激なところもなく、
往年の筒井ファンとしましては少し物足りなさを感じておりました。

グルメがテーマの物語かと思っておりました。

最後に東日本大震災について語られ、
先生は震災や原発については沈黙を守られるだろうと勝手に思い込んでいたものですから少々驚きました。
やはり先生も作家としてこの震災を二年のあいだ消化されていたのだと感じ入りました。

しかしその最終話を読み終えて私が考えたことは、
「40年前の筒井康隆なら東日本大震災をドタバタのスラップスティックにしたのではなかろうか」
というものでした。
そしてそれで私にとって『聖痕』は終わったかに思えました。

翌日(今日ですが)、なんとなく『聖痕』を反芻しておりました。
どうも最後の震災の部分とそれまでの物語の部分にギャップを感じていたせいでしょう。
なんだか震災の部分が唐突な感じがしたのです。

聖痕、贖罪羊、食の問題…

はっ、としました。
これはそもそも東日本大震災について書かれた小説ではないだろうかと思ったのです。
そう思うと全てが収斂していく気がしました。
日本の近現代を丹念に辿りあの震災に収斂していくような気が。

そう思い始めると作中のあの涎が出るような食の描写が原発批判のようにさえ見えます。
もうこんな美味いもの食えないじゃないか、と。
さらに痕を受けた貴夫に迷惑をかける登希夫はTOKIOとさえ思え…。

そう思った時、貴夫と被災した東北地方が重なり、
つまり“聖痕”とは貴い貴夫の受けた痕でもありますが、
同時に被災地の痕のことでもないのか、そう思ったのです。

先生はあの東北地方が受けた悲惨で大きすぎる災厄を“聖痕”と表現されたのではないか―。
そう思いました。
そして“贖罪羊”…。

一番の売り(と思われた)だった古語の部分は私にはまだピンと来ません。
(最後になって古語表現が影を潜めたのも少し気になりました)
それは楽しみに取って置くとして、今は早く本になった『聖痕』を読みたくて仕方ないのです。
誤読は許して頂けるでしょう、私はこの作品を東日本大震災を描いた本として今一度読み返すつもりです。


先生はいつも何かと闘っておられた気がします。
表現における闘いだったり読者との闘いだったり自分との闘いだったり。
だからこそ我々は筒井康隆に魅了されるのでしょう。
『聖痕』にもそれがあった、リアルな現実に対する闘いとして。
―と、私はこの作品を捉えております。

素晴らしい作品をありがとうございました。
同時代、同時進行でこの作品を読めたことを幸福に思います。

敬具。

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しにょれ*
2013年03月14日 18:08

失礼。追加文です。

映画『日本以外全部沈没』を悪く言いましたが、
原典短編小節を貶し貶める意図は毛頭ございませんことを
念の為、明確に宣言しておきます。

言わずもがなのことですが読者諸氏におかれましては
ひとつ手前のコメント内容を曲解されないよう、
よろしくお願い申し上げます。

それではまた。
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けおら
2013年03月13日 18:48

「聖痕」終了!お疲れ様でした。
 3月ちょっと前くらいから故あって、朝日新聞デジタル上でのみ追いかけておりました。
 よって第230回(3/5)掲載時の終了予告を見逃しており、たまたま本日、久しぶりに新聞紙面で読みだすと末尾に「了」の字。またも一驚。
 最後には、かの老境の人物の独白に戻るものと思い込んでいる所にこのラスト。 金杉君の演説に反論したい(けどデキナイ)モヤモヤを抱えたまま放り出された感じであります。
 
 で、続けて「創作の極意と掟」4月号分を読むと、テーマの一つが「省略」で、、、。
 またもウームと唸ってみたり、手品師の視線誘導にモロにひっかかる様な己が素直さを嘆いてみたり。
 「老境の人物」については、瑠璃の前で書き物をしてたシーンがあったので(ほぼ)貴夫で確定なのでしょうが(一時期は父親か金杉君による「貴夫伝」の可能性も考えてました)、ともかくも大震災と貴夫の人生が重なる終局であった以上は、この物語を頭から読み返し、組み直してみる必要がありますなぁ。

 それにしても、こうなるとやはり、古語表現にもフェイクというか造語が紛れ込んでる可能性は高いな。

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しにょれ*
2013年03月09日 13:14

久しぶりの投稿です。

映画『日本以外全部沈没』全編を観ました。
・・・最悪の映画でした。

脚本も悪ければ「ブラック」が少しも有効でない。
米国人へのみ、人間性賛美のようなことになっている。

良かったシーンは演技者筒井康隆の出演シーンだけでした。
しかし、よくもまあ、と言うか何と申しましょうか、
あんなものを世に出したものです。
次は『銀齢の果て』をお願いします。

Twitterで筒井作品簡単レビュー付き紹介をしようと
思っているところです。

『聖痕』の方、これからの展開が楽しみです。
どういう筒井様式が待ち受けているのか!!

ご健闘、期待致します!

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けおら
2013年03月05日 10:07

「聖痕」は東日本大震災へ。

 俺の中でかねがね御大に作品化して頂きたかった要素として、断筆当時の思いと、阪神大震災について、というのがあるのですが、この作品で正面切って東日本大震災を取り上げられたことに、実は驚き、息を呑む思いです。

 というのが、昨日229回の時点での感想。
 で、本日、230回。ゲゲゲ!そうきたか!

 前回のコメントで、主人公が外部に力を行使していく(破壊的)展開を予想したのは、断筆について書いて欲しいという、個人的な欲求があったからなのですが、思えばそもそも今回は、外部からの力に運命を左右された人間がどの様に成長するか、という話でありましたね、、、、。
 
 外部から事件がやって来ては、制度的な範囲に収束して行く本作の意図を読みかねるところもありましたが、この展開、、、。うーむ。
 ラストまで、あらすじへの感想は控える事に致します。

 もう一方の重要事項、古語表現についても、単行本を待って、じっくり調べながら腰を据えて楽しまないと。御大の「仕掛け」が気になるところです。 

 話変わって「創作の極意と掟」について。
 今月号分のテーマのひとつが「展開」なんですが、俺が想起したのは、細田守監督のアニメ映画「サマーウォーズ」でした。
 「時をかける少女」で期待値が上がった状態で見に行き、「サマーウォーズ」への評価は世評より辛いものになったのですが、その主な要因が、構成というか話の展開にありました。
 
 大家族の群像劇の中で飛び抜けて魅力的だったのが、富司純子さんが声を当てたお婆ちゃんだったのですが、中盤で退場してしまいます。
 その後の主人公と家族の活躍の動機が「おばあちゃんの敵討ち」なんで、展開としては必然なんですが、どうもその後描かれる家族や主人公の活躍が、おばあちゃんのそれに較べて見劣りする。 絵面としては、お婆ちゃんは電話かけまくって、コネを総動員して問題に対処しただけで、その後のインパクトのある、漁船や大きなサーバー、衛星からの攻撃、電脳世界での攻防などのシーンの方が遥かに派手なはずなのに、面白さが尻すぼみになっていったような、、、。
 
御大の言及した「未確認尾行物体」同様、魅力的な脇役が、本来のテーマを食ってしまった例だと思います。
 おばあちゃんの存在感の突出は、富司純子さんの力量が、制作陣の想定を越えていた事による誤算なんだろうと思うのですが、絵が第一のアニメ映画は、こういう時に、簡単に構成を変えられない大変さがあるのだなぁ、と思うと同時に、役者の力がこういう誤算を生んだ事を、ちょっと愉快に感じたのも確かです。

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アンディ
2013年03月03日 23:16

『聖痕』、東日本大震災にきてようやく、過去、現在、未来を描こうとされているのかと思い至りました。
もし未来も描かれるなら我々は文学のドップラー効果を経験するのだろうか。
なんだか遠くから走ってくる電車を線路の傍で見つめている感じがするのです。
もしそうなればこれは現在で『聖痕』を読む我々の特権になるかもしれない。
そして何という実験性でしょう。
いや、空想しすぎました、これから先の物語の展開を楽しみに待ちます。
そして、筒井先生もついにあの震災を描かれたか、と思いました。
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けおら
2013年01月18日 20:39

おお。単行本の準備に入ったのですか。うーん。
となると、描かれる時間軸は2013年現在くらい迄、なのか?
昨日今日の連載を未読なんですが、今90年代後半くらい迄来てますよね?
冒頭の語り手が貴夫なら、かなり未来まで描かれる、
と踏んでいたのですが、、、、。

節目節目の老境の人物は貴夫では無い?
或いは生い立ち故、老成が極端に早い?

或いは、この後が劇的に動いて展開がスピードUPする?
(既に不穏な予告がされてますが)

この後は目を離さずについて行かねば。


ところで、渡辺淳一さんの件は、、、。
複数紙掲載で、責任の所在が曖昧だから?
今回の「愛ふたたび」てのは読んで無いんですが、、。

私には通称「愛ルケ」こと「愛の流刑地」の時の印象
(ネタ消費された評価つーかツッコミ群を含めた印象)
が強烈なんで、そういう作家性を踏まえて依頼したのじゃないんか?と。
なら抗議を理由に、というのは無責任過ぎる、と感じます。
アレを日経に連載した、ての踏まえて、
読者の反応、リスクを折り込んだ上での依頼のはず。
それとも、事前の打ち合わせでは性愛描写は押さえる話にでもなってた?

この先は、すべての作家が事前に契約書とか覚え書きを交わす様になるのかも。
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三原和秋
2013年01月15日 18:02

 今日、小松左京著【骨】を落札しました。何故、落札したかというと筒井康隆氏がイラストを描かれているからです。現在、病気にならない逝き方シリーズを読んでいる途中なので、この著書を読むのはだいぶ後になります。
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kaori
2013年01月11日 20:17

2000年に早大機械工学部教授が立ち上げたプロジェクトというのが、
どうやら世界最大規模で、しかもその功績は世界最先端を行っているらしい。

60年代に初めて「二足歩行ロボット」に成功した教授が研究の段階で
同学部の教授に「鉄が歩くわけないだろ。研究を打ち切りなさい」と言われ、
「なんとしても歩かせてみせる!」と奮起。
その後70年代に入るや否や世界初の二足ロボット実現に至ったそうな。
基礎になった理論の提案者は北欧の学者らしいが。

かつてノーベル化学賞受賞した田中耕一さんも
人の意見には一切耳を貸さない頑固者だったとか。
結局のところ一般概念とか常識にとらわれていたら
新たなことなんて何ひとつ成しえないってこと。

そして今世紀中には
家庭用の人型ロボットが開発される見込みなんだけど、
人との対話を通してどんなことも学習するから
日常的な雑事は全て任せられる。
さらに、見た目も殊のほか重視し、ものすごく精巧に作られているから、
素材も人間の皮膚に限りなく近い感触で遜色ない。
しかも、値段は目の玉が飛び出るほど張るけど、すでに特注で
好みの人形を作ってくれる段階にまできているとか。
これはもう、まさに筒井康隆の世界!
ゲノムの解析が進んで人類滅亡の危機が訪れる前に
ロボット工学の発展で独身者はますます増加の一途を辿り
少子化はさらに進んで人口は確実に激減の危機。
このまま年金払い続けてて大丈夫か・・・

そこで私は氏の著書『俗物図鑑』を思い出した。
そこにはいろんな評論家が出てくる。
嘔吐物評論家とか贈答品評論家とか・・・
まだ中学生だったから記憶は定かではないが、
確か航空評論家もいたと思う。
でも当時は評論家といったら
政治評論家か経済評論家くらいだったから
そんなのが出て来るはずがないってところで
非常にウケていたわけで。

ところが日航ジャンボ機の墜落事故の報道番組を観ていて
「筒井康隆って凄い!!!」と思った。
突如として「航空評論家」なる肩書き引っさげた方々が登場し、
あらゆるメディアで引っ張りだこ状態。
今でこそ当たり前のように狭いカテゴリーの専門家が
〇〇評論家って肩書きでテレビに出てるけど、
当初はものすごい違和感があった。 
だってSF作家にとっては格好のネタ、
つまり諷刺の対象だったはずの「肩書き」が
ちゃっかり市民権得ちゃってるわけだから。
観ているこっちが恥ずかしかったくらい。
疑念とか違和感とか羞恥心って
見事に時空の闇に葬り去られて行く。
ヒトってホント慣らされる動物なのだと痛感。
でも私は常に慣らされず、流されずにいたい。

それにしても筒井康隆氏の先見の明は
見事という他ないとあたしは思うわけですよ。

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けおら
2013年01月11日 12:14

新年の挨拶は失礼させて頂きます。

「リア王」拝読しました。これまた役者ならではのアイデアからの好短編で、
ハプニングに振り回されるベテランの心象は、個人的にはすごく面白かったのですが、
御大が今一つ御気に召さなかったのは、うまく出来すぎてるから?

一方「聖痕」では、ここ暫く、「鰐娘」こと瑠璃ちゃん大活躍。
後々ビアンカみたいになるのかぁ(ニタニタ)と成長が楽しみな事です。

主人公と仲間たちは、美藝公ならぬ美食公の世界へ向かっているかと、ぼんやり考えておりますが、
レストランを拠点に、食品メーカーという、経済社会への回路に次いで、
評論家という文化社会への回路が加わり、次は政治家でありましょうか。
今後サロンが形成されて、権威権力へ繋がっていくのかなぁ、と。

「朝のガスパール」の時に、ネット会議室でセレブのパーティー場面が叩かれて、
という展開がありました。
これは当時既に日本の階層社会化が相当進行していて、
(俺も含めた)読者の多くが、上流というか中流以上の社会と乖離しているので、
そもそも何が書かれているのか良く分からんかったし興味を持てなかったんじゃないかと。

これは俺が小六か中一の頃「虚航船団」の第一部と第三部は面白がって没入できたのに、
第二部の世界史のパロディに全く歯が立たなかったのと同様、基盤となるべき教養の欠落故ですね。

また、朝ガスでは上流社会の嗜みとしてのネットゲーム、というのが設定されたんですが、
現実にはやはり下流社会のものになって行きました。

これと「俗物図鑑」への言及を重ねてみると、
今後、美を憎み喰らわんとする、
(我ら)下級社会との抗争が準備されたりしてるのか、はたまた、
デフレ日本を救済し征服するファウンデーションができるか、と
先が楽しみです。
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初心者
2013年01月10日 16:59

 わったったっ、「二人の怪人」が掲載されているぞ。これは夢か幻か。もしかしてひょっとしてするってえと筒井先生のお気に召したのであろうか。たったったっ大変だ。こんな嬉しいことはないぞ。これはもう、いよいよ創作(盗作)に力が入ってしまうよ。
     *
   リンゴとピエロ ~筒井康隆「天狗の落し文」第69番

 ほぼ立方体に近い四角いリンゴを売っていたので、ひとに見せて驚かせるため一個買おうとしたら、これは積みあげやすいようにこんな形をしているので、一個買ったのでは意味がない、味ならそっちの丸いリンゴと変わらないからと言って売ってくれなかった。で、おれは仕方なく四角いリンゴを三個買って帰宅した。「リンゴを買ってきたよ。見るかい」
「あら、あなた。あたしもよ」
「そうかい」
「うふふ。驚いちゃ駄目よ。あたしの買ったリンゴはねえ」と言って妻が袋から出したものは、驚くなかれ、星形のリンゴだった。しかも、赤、黄、黄緑の三種類だ。
「あなたのリンゴ、見せてよ」
 すでに妻は勝ち誇った顔でいる。おれは四角いリンゴを出すに出せなくなった。折角、四角いのに。せっかく四角いのに。セッカクシカクイノニ。
「せっかく四角いのにいいっ」
「あなた、どうしたの」
「畜生。見ていろ」
 おれは四角いリンゴを袋から取り出すと三個、積みあげてみせた。「どうだ。お前のリンゴにこんな真似ができるか」
「あら、そんなことくらい」と言って妻が手を叩くと星形のリンゴが妻の周囲を飛び回り始めた。「これねえ、宇宙で発見されたリンゴなんですって。あなたそれでもSF読んでるの。やることなすこと重力に縛られているわね」
「ば、ば、ば、馬鹿にするな。おれのリンゴだって」
 おれはお手玉の要領で四角いリンゴを宙へ投げ始めた。「どうだ。負けていないぞ」
「あーら、お上手」妻がおれを見て言った。「あなたってやっぱり重力に束縛されているわ」
「うるさい。気が散る」
 おれはふと気づいた。何のために四角いリンゴを三個も買ったのだろうか。ひとに見せて驚かせるためではなかったのか。それが今、リンゴではなくおれが見世物になっている。何をやっているのだ。おれはピエロか。このアホ。
     *
 喜び勇んだ勢いで書いた作品です。四百字詰め原稿用紙2枚半です。ああ、これでまた、筒井先生の気を悪くしたらどうしよう、なんて心配する日々を過ごしそうです。ぼくはアホなのか。
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初心者
2013年01月06日 17:40

 筒井先生の「天狗の落し文」にやられて初めて書いたのは「二人の怪人」という作品です。「天狗の落し文」第2番です。
     *
   二人の怪人 ~筒井康隆「天狗の落し文」第2番

「おい。『パーラメント』って何だったかなあ」
「教えてあげましょうか。煙草の名前」
「その煙草の箱を見て考えとるんだ」
「わたしはそのあなたの思考を読み取って言い当てたんですよ」
「そういえばお前、読心術を心得ておるんだったなあ」
「なぜそれをご存じ」
「おれはお前さんの鞄の中にある煙草の箱を見ているんだぜ。それがわかるってのはまあ、そういうことだろう」
「これは一本取られた。あなたは透視能力の持ち主でしたか」
「いや、二本、取っているんだがな」
「何を」
「ほら」
 男の差し出した右手には煙草が二本。
「まあ、鞄の中を確かめるまでもないですな。あなた、わたしのパーラメント、抜き取りましたね」
「一時間ほど前だったかなあ」
「時空転移ですか」
「そうなんだな」
「ではわたしはこれを」
 男の手にはライター。
「やられたな。おれのライターだ。いつの間に」
「一時間ほどのちですよ」
「やりますなあ」
「あなたこそ」
『はははははは』
 二人は笑いながら空へ飛んで行った。
     *
 四百字詰め原稿用紙2枚弱の作品ですが、ぼくはこれを書いた時、「やったぁ、もしかしたら筒井先生の後継者になれるかもしれないぞ」などとはしゃいでしまったものです。筒井先生のお気に召すかどうか、とっても不安な日々がしばらく続きそうです。
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初心者
2012年12月24日 20:24

 ぼくは小説を書いているのですが「天狗の落し文」にはやられました。何をやられたかというと、ついついあの中の作品群に「続き」を書き足してしまうのです。で、「これこそ筒井康隆氏の望んだ完成形だ」と勝手に考えて、その取り扱いに困ってしまうのです。「きっとこれを筒井氏が読んだら絶賛するのではなかろうか」そんなふうに思うのはきっとぼくだけではないはず。だけど許可なく発表するわけにもいかないだろうな、と。それでこんなところへコメントを寄せた次第であります。
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相葉
2012年12月22日 00:44

いつも楽しく拝読しております。筒井さんが感銘を受けたという前田日明氏の葉巻とは一体なんでしょうか? 葉巻愛好家としてとても気になります。
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けおら
2012年12月06日 12:56

ご無沙汰しております。夏に書き込んでから4カ月。

前回、落ち着いて「聖痕」を読み込むと書き込んだら、
その後に近親者の死に遭遇し、読み込む気力を失いました。
が、辛うじて切り抜きは続けていて、心ここにあらずながらも粗筋は追っていると言ったところ。

これから、徐々に制度側に歩み始める気配が感じられ、
大学サークルの流れから食を基盤にするカルトに話が行くのかと思ってましたが
まずは会社を興しそうな流れですね。
S.ジョブスみたいなカリスマ経営者になるのか。

「ダンシング・ヴァニティ」もそうでしたが、
この作品もある意味、御大の回顧録になっているんでしょうか。
むろん虚構として構築はされながら、筒井家三代、
伸輔さんの世代(≒私たちの世代)を中心に、
恒司くん、伸輔さん、御大が遡ってリレーをしていくような話だなぁ、
と感じております。

夏ごろに、ルビの問題や漢字の開き閉じにこだわったのは、
冒頭の語り手が老境の人物で、その後登場人物それぞれが語り手であったり、
神の視点で語られたり、という事があって、
子供が語り手の場合に表記の問題が関わってくると感じたからなんですが、
登場人物が成長してその辺は気にならなくなってきました。

で、語り手の問題から、上記の様に筒井家の物語も投影されている、
と感じる様になりました。

恒司くんの成長が手掛かりでもあり、
同時にやはり、御大もご自身の死を意識されているのだろうな、
と考えています。

ファンとしては、忌避してきた事ですが、
若い身内の死に遭遇して、
そういう事を忌避していてはだめだと思う様になりました。

連載中に旅行に行かれた事についても、
以前なら、邪推したり皮肉を言ったかもしれませんが、
今は「ご家族、お仲間と、なるべく多くの時間を過ごしてください」
と強く申し上げておきます。
仕事より大事な事も多くある。と。
ファンの要望なぞは脇においても構わない、と思う今日この頃です。
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PENPEE
2012年12月05日 17:27

先日、川崎市の岡本太郎美術館に行き、
企画展の「小野佐世男―モガ・オン・パレード」展(2012.10.20?2013.1.14)を見ていたところ
「小説のゆくえ」収録、筒井先生が「もう一度読みたい」一冊に挙げていた
田河水泡「ミスター・チャンチャラ」の単行本が展示してありました。
「もう一度読みたい」を書かれたのがだいぶ前ですので、既に読まれている可能性も高いとは思いますが、
現代連続漫画全集の第八巻で、1936年5月にアトリエ社より発行されたもので、
小野佐世男著「キャベ子の冒険」と一緒に収録された単行本だったようです。
目録では漫画評論家の小野耕世氏(小野佐世男氏のご子息)の所蔵となっているようですので、
小野耕世氏は筒井先生とご面識もある方とも思いましたので、
機会があれば読ませて戴く事も可能なのではと思い、書き込ませていただきました。
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アンディ
2012年12月04日 23:53

偽文士日碌十一月二十九日、三十日は『聖痕』日碌版のようで、
読んでいて涎が出そうになって仕方ありませんでした(笑)。
私もいつかきっとこんな料理を味わってやる。
人生の目標がひとつ出来た夜でした。
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三原和秋
2012年11月19日 22:11

追加 森田一義アワー 笑っていいとも!では本名を使っていて、必ずマイクを持っていると語っておられます。
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三原和秋
2012年11月19日 22:05

タモリさんは何故こんな芸名なのでしょうか?三島由紀夫と共に亡くなった早大生、森田必勝と同じ年齢で大学も同じ早稲田大学出身である為、同じ苗字を使いたくなかったと確信しております。タモリさんは森田必勝が亡くなった新宿区で同じ時間帯に生放送の世界記録を持っております。有吉佐和子さんはタモリさんの芸名の本当の由来を知っていたと確信しております。
森田 一義(もりた かずよし)。(1945年〈昭和20年〉8月22日 -
森田 必勝(もりた まさかつ、1945年(昭和20年)7月25日 - 1970年(昭和45年)11月25 日)
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アンディ
2012年11月15日 22:48

第123回。
神々しいまでに美しく性に無縁な貴夫がキリストのように見えました。
『聖痕』のタイトルが一挙にリアルに感じられました。

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しにょれ*
2012年11月14日 18:17

「筒井文学」の「流れ」の分類! ・・作者自らそれを強く意識されているのだと思う。
というより、その都度リアルタイムで意識されながら書かれてきたようにも思う。

今後の発表の中でも「創作の極意と掟」に最も、どうしても注意がいってしまう。

「掟」がどういう意味合いなのか、非常に気にかかるのである!
なんちゃって。

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しにょれ*
2012年11月12日 08:51

大江健三郎は困った人物だと思う。ノーベル賞を貰って益々おかしくなっていったのだろうな。その点、筒井さんなら -- 笑犬楼様と書くのが変に思えてきたので今回より筒井さんでいきます(笑・汗) -- ノーベル賞を貰っても授賞式の壇上から小便すると書いておられたので安心である。

「日碌」の大江さんのはがきの言葉は一種の誘導と見る事もできる。困ったお人である。

それにしても、「中国の宦官(かんがん)」みたいな反社会性とはどんなものかが、想像はできるものの、悲しいかな読書量の決定的な差により解らない。が、貴夫がそれ相応の反社会性を持つのは当然の成り行きである。
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アンディ
2012年11月11日 23:15

十一月八日の『偽文士日碌』、
「中国の宦官の権力欲みたいな反社会性を、
いずれは貴夫も持たざるを得ないだろう」の文章に、
弥が上にもこれからの展開にわくわくします!
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三原和秋
2012年11月07日 07:46

ビアンカ・オーバースタディーを初めから読み直していたら,返却期限がきてしまいました。図書館に一冊しか置いておらず、希望者が数人いる為、再び借りるのは数ヶ月先となりそうです。太田が悪い。
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三原和秋
2012年11月04日 08:39

地元の図書館で借りた(ビアンカ・オーバースタディ)を読み直したら最終章で返却期限が来てしまいました。あとがきは最初に読んでいたので最終章だけを読む為に,また予約致します。太田が悪い。 
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三原和秋
2012年11月02日 08:25

 ビアンカ・オーバースタディーを初めから読み直します。判らなくなったからです。

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たまどん
2012年10月31日 10:18

目覚めたときに見たニュースが藤本義一氏の訃報でした。筒井さんはお元気のようで何よりです。

近年は病がちで、一昨日も胆嚢切除手術跡がヘルニア化したため、その二度目の修復手術を受けて退院したばかりでした。小松左京さんの訃報も、実は一度目の手術の前後に聞いたと記憶しています。

テレビも東日本大震災以降、その報道内容のいい加減さに驚き、地上波は視聴しなくなりました。そのため、なかなかタイムリーな情報に疎く、新聞連載を知ることも大幅に遅れました。ファンを自認する者としては情けない限りです。

タイムリーに連載を購読できぬ状態ではございますが、今後出版された際には必ず読むのだ、と自らに言い聞かせております。

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しにょれ*
2012年10月27日 17:43

今回(25日)の日録、大爆笑!
やっぱり選考会はドタバタやらなきゃね。

山田風太郎賞なんて、ぷー太郎みたいで全然威厳もないけど
応募する人は人生賭けてるだろうし・・・まあ、落とされる者は
哀れなものよのうぅ、ほっほほほほ。

赤川さんは解るとして、京極さんまで。林、奥は読んだこともない。
どーでもええわ・・である。

陳謝(の理由省略)。

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しにょれ*
2012年10月23日 00:54

風邪が治りかけてTwitter にのめり込み再び頭痛と目眩、
死ぬかも知れない。なーーんちゃって。そう簡単には死ねない。

それにしてもこの赤枠、何とかならないのですか朝日ネットさん。
これまでこんなのありませんでした。なんか役所めいててやだなあ、
なんちゃって。あーはは。だらしのないコメントですみません。

「最後の伝令」新潮文庫 をまた読んでしまいました。
「井戸時計店」が舞台のお話(「近づいてくる時計」)は「脱走と追跡のサンバ」
からの自己オマージュ作品。あ ここにこんなのがあったのだ・・・
・・・完全に忘却しており、感動的でした。

誰の目にも手塚治虫と明らかな人物との終盤の会話。懐かしい気分となる。

そう言えば「ばるぼら」という手塚さんの漫画作品で「筒井隆康」と言う作家
画登場し-- 主人公作家:美倉(だっけか)と一緒にとある逃亡シーンに
「カメオ出演」-- そこから筒井文学へと移行したような気がして参りました。

同文庫本収録「樹木 法廷に立つ」。なんでこんなのが書けるのか。
雪崩れ(なだれ)っぱなしで瞬く間に読了。
サラートの安心・サラートの不安 → 今なお意味不明。

他にも魅力的「筒井ワールド」満載の短編集です。
人にあげなくてよかったーっ!!

追伸:「これより先、徐々に集合的無意識」?Tutui として拝借致します。
ありがとうございます。
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三原和秋
2012年10月21日 10:47

ビアンカ・オーバースタディを地元の図書館で借りてきました。この本はあまり持ち歩けないなと表紙を拝見して思いましたが借りる事を希望されている方がこの本だけ数人いる為、気にせずどこへでも持っていきます。

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荒井野太
2012年10月13日 21:17

先ほど、作家の丸谷才一さんが亡くなったとの報を聞きました。真偽のほどはわからず、できれば偽の方であってほしいものですが。筒井康隆さんも尊敬されている作家さんですから、悲しいことかと思います。まとまりませんが、書かせていただきます。

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三原和秋
2012年10月13日 13:48

鳩山由紀夫氏と鳩山邦夫氏は兄弟なのに何故風貌等が違うのでしょうか。誕生日から考えてみます。
鳩山由紀夫氏 1947年(昭和22年)2月11日 -生まれで建国記念日であり戦前の紀元節である。
  
 鳩山邦夫氏 1948年(昭和23年)9月13日生まれである。

 これだけでは判らないので10月10日前迄遡ってみます。

 鳩山由紀夫氏 1946年4月1日で戦後最初のエイプリルフールである。

 鳩山邦夫氏  1947(昭和22年)11月3日生まれで戦前は明治節だったが生後は日本国憲法の交付の日となり憲法は文化を大事にしているからこの日を文化の日とGHQは意図的に決めました。

 つまり鳩山由紀夫氏は戦前の紀伝節に生まれる様に両親は考え、鳩山邦夫氏は戦前の明治節に次男をつくろうと考えた事が判ります。

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しにょれ*
2012年10月10日 18:45

僕は将来たいきん持ちになった時全集を購入します。

もし人生を2度生きることができたら、今度は漫画家になって
自分の各種思想を散りばめて自己満足を得、それと笑犬楼文学の
特に好きなのを数多く、片っ端から可能な限り忠実に漫画化します。

ところで、
現代の現在の世情不安はこのまま恐怖へと移行するのでしょうか?
そしてまた、
何時しか、マルクスの言ったように(真の)共産世界は訪れるのでしょうか?

僕は功利主義を憎んでおります。リバタリアニズムなどは小学生以下の思想。

マルクスに関しては、まず [NO] だと思いますが、「世界市民」という
概念を築くことができ、支配被支配の構造と原理を人類全てが理解すること
が可能なほどに教育・教養の制度が成熟すれば「資本主義」という馬鹿げた
幻想の社会から脱することは可能なのだと思います。

ノーベル賞で俄かに騒いでいるようですが、ips細胞 などが齎すと「期待」
されている不老不死への道は、そら恐ろしい情念の坩堝の世界を示すもの
です。テクノロジーはメンタリティーの成熟を促しはしないのであります。

以上、支離滅裂のコメント -- でした(Twitter を始めた影響かも)。

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100円の大根
2012年10月07日 12:46

 毎日タダで、楽しく、読ませてもらっております。その代わりといっては何ですが単行本になったら、書店で、定価で、購入しますから。

 貴夫がホモの巣窟ヨーロッパに行ったときは何か事件が起こるのではと思ったのですが、特に何事も起こらずあっさり帰国したのでガッカリ、いやホッとしました。

 間違え対策として、よく冒頭に「この物語はフィクションであり~架空のものです」とあるように、前もって「この物語に間違えが有った場合、それは作者の故意によるものであり、決して勉強不足や無知なわけではありません」と釘を刺しておいては如何でしょう。なーんちゃって、非常に失礼しました。
 対不起。
 謝々。

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しにょれ*
2012年10月07日 10:51

枯葉散る夕暮れに ・・・ じゃなかった。これじゃ五輪真弓れすね。

* 街路樹の枯葉散るさざめきの午後コーヒーカンタータ楽し

な~んちゃって、即興で作ってみました変形短歌です。

極端に寒くなるのでは、と思っていたらやっぱり午前中は極端に寒いじゃあ
ございませんか。掛け毛布一枚で寝て起きたらたらくしゃみを連発し、鼻水
止まらず鼻声となりにけりです。

笑犬楼さまにあられましてはご機嫌麗しく、酒と煙草の日々をお過ごしの事
と存じます。が、お風邪など召されないようご自愛下さいませ。

それはそうと、おお!待望の秋!街路樹に枯葉舞い(まだちょっと早い)、
BACH のチェンバロコンチェルト緩叙楽章がメタ(超)似合う!

或いはグールド × バーンスタインのBrhams P-コンチェルト第一番 1st.moovement ! ? これを遅すぎるテンポと思っているアホなリスナーはそれ故情緒障害の阿呆たる所以です。

これぞ秋。タナトスの秋なのでございます。
おお、麗しのタナトス! 死んでしまってはいけませんが、これぞ本物のロマン!!
フロイト先生は偉大なりです。

終わり


《追伸》
それはそうと、とある -- 素人が慰みに初めて数十部の自費出版を試みるもので
志向性や理念などは皆無と思えますところの -- 雑多な内容のミニコミ誌に漫画
を3ページほど寄稿する約束をしてしまったのですが、その(自分の夢を題材に
した)漫画で、

「これより先、集合無意識」

という笑犬楼さまのユング的超絶ギャグを拝借できませんことでしょうか。

もちろん、かく言う僕も趣味で漫画を(ボールペンで)描くことがある程度の
漫画愛好家です。

それを事のついでのように書いてしまいまして、大変ご無礼ではありますが、
何卒ご返事のほど、よろしくお願い申し上げます。

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しにょれ*
2012年09月26日 16:11

またまた、お久です。

参勤交代で、爆笑しました。

ハム・ソーセージ・ベーコンの詰め合わせなど羨ましいもの
ばかりです。

酒飲み放題、煙草吸い放題、スポーツ一切やらずに
毎日PCと読書の生活 -- おおそれこそが喜悦の人生!!

中国悪い!大田が悪い!あと民主党悪い、官僚悪い、オバマわるい皆悪い!
悪くないのは自分だけ --- ばんざーーいっ

「聖痕」
ええーーーっ!! もう 1/3 近くまで来てるのですかあ?!
毎回楽しみにしておりますが、孤独な長丁場を走り抜いて下さい!
改めて「感想」致したいと思っております。

それにしても、ここに意外とコメントが少ないのは残念です。
なんでもっと投稿しないのかねえ???

書きにくくて仕方ないのです。

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楽喜
2012年09月08日 23:06

本来ならコメントもそれに関するものが妥当で適切と思われる「聖痕」と「ビアンカ・オーバースタディ」のこの時期、エイ!とばかりに「東海道戦争」を読んでしまったのは「肛門愛リビドー」でありましょうか。待ちに待った家族でお出かけの直前、皆が支度に勤しんでいるという自分も最高にワクワクするシチュエーションの中、突然外出用の上着を脱いで寝転がり読書を始めたり玩具を床に並べ始めた幼児期を思い出しましたが。
まぁ「温故知新」も大切だと思うし、「パラレル・ワールド」もよしとして、空気を読まぬ投稿も寛大にご容赦いただければ幸甚です。

「東海道戦争」に関しては過去に充分の評価が出尽くしているとは思います。ですが、割と筒井作品中の「スタンダード」と安易にみなされることにより「再評価」がスルーされがちということがあると感じます。エンターテインメントという形でさりげなく暴露した慧眼の「疑似イヴェント」論を言えば、インターネットなどの情報網の発達により、作品発表当時よりその概念が広く浸透しなかば常識となっている(さらにその奥の戦争発生の闇のメカニズムまでが暴露されつつある)現在、とりたてて斬新なアイデアではなくなってはいるかも知れません。
しかし、今回かなり久しぶりに再読しまして、若き筒井氏の現実と非現実の境界を破る、破壊的でありながら爽やかですらある爆発的エナジー、「マジック・リアリズム」ならぬ「ナンセンス・リアリズム」、つまりその粋な「大傑作ぶり」に新ためて感嘆した次第であったワケです。

杞憂であると願いたいが、作品発表当時「ナンセンス」で済んだであろう作品世界が、ともすれば「リアリティー」をもって迫ってくる現在。恐ろしい事である。

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しにょれ*
2012年08月30日 13:38

「枕言葉」でなく「枕詞」でした。

「逆引辞典」をアップしておられるのに
見もしていないことバレバレで、お恥ずかしいでありんす。

それにしても、和歌方面に興味を示されるとは!
そういえば小松左京氏が出てくる六歌仙の「はちゃめちゃすとーりー」
を去年くらいに三度目くらいを読んだ記憶に新しい記憶があります。

そう言えば「はなもげら言語」も和歌方面の発話的類似がありました。
国文学。
何を書いているのやら解らないことではありますが、これにて。

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